耕也氏といっちゃん

最近はやはりリノベーションをという依頼が増え今回一緒に茨城まで打ち合わせを兼ねて下見に行ってきました。
今回は美容室のリノベーションですが、以前看板などを製作させていただいた理容室の「ダンディさん」が、からくりオブジェの修理を希望されていたので、寄らせていただきました。
偶然にも両方美容室ということで、私も彼もそれぞれ髪の毛のケアをしてくださいました。
突然のことで驚きましたが、流石プロの手は凄く、かなり癒されました。ありがとうございました。

イベントや打ち合わせなどの時、昔は子供たちを長い時間待たせることも多かったのですが、今は愛犬のいっちゃんをひたすら待たせています。
時々おしっこやお水など様子を見に行く彼を見ると、その喜び方はまるで何年ぶりかの再開です。
本当に可愛いなあと思いますが、彼の可愛がりようは尋常ではありません。
その気持ちを察してかいっちゃんの彼を見る表情も愛を感じます。
カメラをのぞく私の脳裏には、その二人(?)の姿から生命保険のCMソングが流れて止みません。
彼の心の安定を与えてくれるいっちゃんに感謝します。
本当にありがとういっちゃん

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入学式

 先日次男の大学の入学式に行ってきました。
とりあえずスタート地点に立てたことに感謝したいと思います。

うちはミュージアム同様自宅自体もまだ中途半端で部屋もまと
もになく、かなり寒さも厳しい状況。
さらに耕也氏もやはり繊細で、しばし荒れることもあり、そん
な時次男を見ると、よくイヤフォンをしていました。
受験を終えて私は一つ後悔したことがあります。
受験勉強の最中、息子の勉強机になぜ座ってみなかったのだろ
うかということです。
彼にしか分からない苦悩があったはず。
それをもう少し理解することができたのではないだろうか、と
考えました。

しかし、先月末に引っ越しを終えてお別れの際に次男に手紙を
渡され
「…母ちゃん父ちゃんも未だ夢を目指していて安定がほぼない中で
ぜいたくをさせてもらってありがとうございました。
もちろん物理的には充実しているとは強く言えないけど、人として
最も大切な精神面においては決して貧相なものではなかったです。
むしろ受験勉強によっていろいろな代償があったけれど、得たも
のは人生において決定的なものであったと確信しています…」
というような内容でびっしりと書いていました。
私自身今まで張りつめていたものがぷっつりとキレてしまった
ようで恥ずかしながらしばらく涙が止まりませんでした。

今回長男と新宿で待ち合わせをして泊めてもらいましたが、朝
出勤する時に一緒に家を出て通勤ラッシュの中、ただ坦々と歩
いていく後姿を見ながら、何故か逆に彼らに背中を押される
思いでいました。ありがとう。

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次男の卒業

ひとつ前の投稿文の続きです
次男は無事に卒業いたしましたが、未だ結果が
出ず悶々と時間を過ごしております。
思いがけず卒業式の日に先生から温かいお手紙
をいただきました。
僭越ながら少し抜粋させていただきます。
「生物生産科に入学した彼が一般入試で大学を
目指すという、難関に取り組むことがどれだけ
大変か、私も想像はしていましたが、本人の
苦難は私の想像をはるかに超えるものであった
と感じています。
しかし彼の学習面での成長は私の想像をはるか
に超える伸び幅でした。
…今回の受験への取り組みは、学校のすべての
職員が認めるところであり、転勤された先生も
彼の様子を確認する連絡をいただいたほどです。
…彼と関わったことで私自身感謝の気持ちでい
っぱいであり、これを書いている今明日の卒業
式には少しでも明るい表情の彼を見られること
を思っています。
…今後も彼を応援することは変わりなく、いつ
でも味方でいることを約束します。
3年間ありがとうございました…」
式を終えて先生に挨拶に行き、色々お話しする
ことができました。
最初半信半疑だった先生も、孤独に黙々と頑張
っている息子の姿に心打たれ「正直、先生方も
色々な考えの方もいるので『今に見てろよ』っ
て思っていたんです」と涙目で話してくれまし
た。最後に先生から「忘れたくても忘れられな
い生徒の一人です」と言われ、その言葉をその
まま息子の宝物にと家に持ち帰りました。
改めて教師という職業は、たとえ教壇を下りて
も、ずっと教師であり続けるのだなと感じまし
た。
次男は今後、運よく合格できるか浪人かという
ことになりますが、今となってはやはりもうど
ちらでも良いという気持ちでいます。
彼は今まで何かと背伸びをして、失敗を繰り返
してきましたが、目指したことでさらに上への
ポジションを得たこと、長い人生はその繰り返
しではないでしょうか?
未だ夢の途中である私にも改めてそのことを気
が付かせてくれました。
ありがとうございました。

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次男の受験

次男の受験は一通り終わりました。
やはり前橋、長野市、東京都、全て金銭的な都合もありコインパークやコンビニなどで車中泊をしました。
3泊4日の東京では夜の渋谷や六本木の街を彷徨い、息子は横でナビをしていましたが、警察車両と何度もすれ違う中、一方通行ばかりで、怪しいお店の周りをうろうろ。
焦りましたが、もしかしたらもう息子と二人で、こんなに会話することは一生ないのではないかと思うと、かけがいのない時間を頂いたと思っています。
1日だけ一人暮らしをしている長男の家に泊まり、一緒に鍋をしてお酒を飲むことができました。
次の日仕事だった長男は「ポストに鍵入れておいて」といつも通り出勤していきました。

次男のクラスは生物生産科(農業)で当然推薦などで進学すると思っていたところ、高校2年の夏くらいからいきなり文学部の方で一般入試をすると言いだしました。
なんせ農業系のクラスなので、普通の科目はほどほどに、授業は家畜や食品など農場での実習もあります。
2日後卒業式ですがクラスの中で息子以外の進路は全て決まっています。
これまで担任の先生のフォローもあり、学校でも一人で必死に勉強を続けてきましたが、授業中でも受験の勉強をして、教科の先生の反感を買うこともあり、センター入試の前日は、1日農場で馬の糞の処理や枯葉を掃除したりすることになりましたが、仕方がないですね。
彼は今バイトに行ったりして気を紛らわしていますが、
合格や不合格、追加候補者なるものが届いています。もしかしたら、最悪浪人になる事も考えておりますが、何かと遠回りして不器用に乗り越えてきた息子ですから、長い目で見て失敗も肥やしに成長してくれるだろうと思っています。
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親孝行したい

母は毎年札幌から一人でやってきます。

昔から、所沢にも横須賀にも一人でやってきてさりげなく帰っていきます。
強くて優しくて天然の母はずっとずっと私の心の支えでした。
80歳まであと2年なるべく長生きして親孝行させてください
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真のオブジェは引き続きオーダー製作中の、千葉のスイーツ・ミズノヤさんのオブジェです。

 

彼の作品のキャラクターや創作の発想は限りないと日々の生活の中でしみじみと思います。

ふと、彼のどこから生まれてくるのだろうと今回の作品を見て深く考えてしましました。

彼は幼少期いろいろ辛いことがあり、今でもそれを引きずって生きているのですが、

知り合ってから20年以上もの間その話を延々と聞かされてきたわけです。

彼の住んでいたところは、町を中心に流れる大きな川の先に蔵王山系が広がり、

春には、何キロも続く桜並木は、朝学校を出るときは蕾だったのが下校の時には満開になっているという

まさに日本を象徴する風景でした。

彼は毎日のようにその土手のそばで川が夕焼けで染まるまで遊んでいたといいます。

次第に暗くなるにつれて、家に帰りたくないという気持ちが強くなり、

桜の木のうろを見つめ、小さくなってここに暮らせたらどんなにいいだろう、と考えていたそうです。

彼の作品の世界にはよくドアや窓、小人さんなどが出てくるので、以前彼に何気なく聞いたところ

子供のころのこんな話を聞かせてくれたんです。

この話を聞いて、私はしみじみと『こうや』という魅力的な少年のことを思いました。

作品は彼の単にインスピレーションやイマジネーションのみで生まれる時もあります。

それでも、こうやという少年にしか生み出せない作品もそこにあること、いつも感じています。

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出会ってから、彼のこのひたむきな姿は何度となく見てきた。

人の価値観はそれぞれかもしれないが、私はどうしても彼のこのひたむきな姿に弱い。

たぶん夫婦は時がたてば、空気のようになり、または家庭の中で敬遠していたり、だんだんとそうなってしまうケースが多いのかもしれない。

彼の嫌なところも私の嫌なところもいっぱいある。

それでも、夫婦は最期の時まで消えることのないこの些細な”何か”で信頼は続く気がする。

以前違う町に住んでいるとき、家の排水がおかしかった。

すぐ隣にある会社の社員が、ラジオ体操をする姿を毎朝御勝手から見ていたが、なぜかうちのそのお粗末な配管口は、そのラジオ体操をしている傍に設置されていた。

その会社はうちとは無関係だったが、大家さんが同じだった。

ある日早朝に彼が血相をかいて「配管から汚物漏れてる・・」といいに来てそのまま走って行った。

窓から様子を見ていると、工場内で一人右往左往焦っている。

見に行ってみると、ものすごい勢いでうちの汚物が噴出していた。

それからはラジオ体操の人たちが来たらまずいと二人でモップやほうきなどでしばらく悪戦苦闘。

もうこれはしょうがないから業者に来てもらおうか、と思っていたら、彼が素手でタオルに汚物を湿らせてバケツに絞ってを繰りかえしていた。

この時つくづく(かっこいい・・・)と思った。

その日の朝、窓から見える工場内の社員たちは皆笑顔だった。本当によかった。

息子たちがまだ幼いころの話なので、年頃になってあらためて話してあげた。「なかなか真似できないよね~」というと真顔で「できない」とクール。

そう、私が良ければいいのだな。

今日も彼のひたむきな作業は続く。Dscn1123

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久々の更新です

しばらくフェイスブックの方を中心に更新していました。
やはり簡単に更新できるのと、反応が早くリアルタイムで生の声が聞くことができるというのがとても便利でした。

しかし、問い合わせなどをいただき、SNSはやらないという方も多いため、SNSに載せているようなプライベートな内容は以前のようにこちらに載せることにしました。
皆様時々見てくださいね。
また、コメントなども気軽にください。

今回はフェイスブックの方のプロフィール写真に載せている、耕也氏と出会った時の写真を載せたいと思います。
もともと耕也氏とは、オーストラリアの全く別の場所で知り合った共通の友人を通じて出会いました。
この友人と下北半島で再開することになったのですが、この時来ていたのが彼でした。
友人は京都から彼は東京方面から私は札幌からお互いオートバイで下北半島に向かいました。
それから一緒にフェリーで北海道に向い、写真は釧路のあたりです。

ここからスタートでした
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先生

食事時、ひかりテレビで流している歌番組をただ付けている時があるが、昨日偶然ゆずの「栄光の架橋」がかかった。この歌は次男が小学6年の時、卒業生を送る会で、先生とPTAの役員の方が、サプライズで演奏と歌を披露してくれた。校長先生も定年で最後の年だったからか、一緒に加わって披露してくれた。お忙しい中練習もままならないまま、先生方と役員の方が子供たちへ純粋に必死でメッセージを伝えている姿に、感動で涙が流れてきたのを思い出す。「この歌聴くといろいろ思いだすよ~」というと、いつも「うん」とだけ言っていたが、思春期真っ只中にいる今、昨日は「あんな贈り物なかなかないよ」と言い黙って聴いていた。改めて、先生という職業は教壇を降りても一生先生なんだな、と感謝の気持ちがわいてきた。

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プロジェリア症候群

プロジェリア症候群、人の10倍の速さで老いていく病気。
その方の文を読んだ。
自分にとってかなりの説得力のある内容だった。
以前読んだヘルマンヘッセの本の中の詩を思い出した。

『若さを保つことや善をなすことはやさしい

すべての卑劣なことから遠ざかっていることも

だが心臓の鼓動が衰えてもなお微笑むこと

それは学ばれなくてはならない』

自分の親が老いていくことを見るのが少しずつ辛くなっていく、この世で大切な人と同じ時を生きられる限られた命の時間。
この病気をかかえている人たちは10倍の速さでそれが近づいてくる。
だからなのか、人が10年かかって学ぶべき事を1年で悟ってしまう。
そう考えると必ずしも生きた時間は人間の深さに比例しないのか、どのように生きているか、何に重きを置くかそこが問題なのかもな。

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