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これからの子供たち

最近またブログずっと書いていなかった。
言い訳は、自分の事が後回しになってしまっていたということだ。
書いて日頃のストレス発散できる私にとっては少し精神的に不安定な時期でもあった。
でもいつも酒があったので夜になると酔っ払ってはテレビなど見てゲラゲラと下品に笑い次の日への活力にしていた。
それを横で見ている息子たちはきっと、酒はほどほどにしておこうと学んでいるに違いない。

昨日は下の中2の子の誕生日だった。
部活で疲れた顔で帰ってきたら、テーブルの上のケーキを見て「あ~今日だった」と少しニコっとした。
年頃の息子たちを見ていると、ふと今後の世の中の未来に不安を感じる。
イスラム国に関しても毎日のように信じられない映像が流れているし、日本にしてもおかしな理由で簡単に人を殺めてしまう若者。

宗教に関しては長年の深い歴史があるだろうし、国の仕組みがしっかりしていないから難しい問題なのかもしれない。
それでも子供に罪は無いのではないかな。
結局物質的に恵まれていても貧困で恵まれていなくても、悩みは尽きないんだ。
それは全て大人の責任だろう。
息子たちに「人を殺したいと思ったことある?」と聞くと「法律がなければ殺したいようなやついるよ」という。
「そうだね、でもやれないよね。」「うん」で終わった。
この言葉に大人は何と返すことができるだろうか?
ある国では、幼い子供たちが洗脳され武器を持って訓練している、先進国では人を殺してみたいという理由だけで・・・
正論だけで子供の心に響くだろうか?

子供の心のゆがみについては、あるテレビで、少女が同級生を殺した事件をとり上げ、コメンテーターの方が「やはり一番は家族ではないでしょうか?この犯人の家庭環境も希薄で・・・」というと
「それでも、親に虐待のようなことをされたり、親がいなくて施設で育ったような人が全てそのようなことをするとは言えない・・・」と終わった。
それでも私はコメンテーターと同じ、やはり家族、一番近くの人ではないかと思う。
耕也氏も長年ずっと実家との関係で苦悩してきた。
話を聞く限り、母親との関係が一番の原因で、そのため劣等感や自尊心の低さ、それによって心の支えがない。
彼はこの20年間「もしかしたら自分もこんな事件を起こしていたかもしれない」と何度もつぶやいてきた。
それでも私は彼は大丈夫だとずっと確信していた。
彼は荒れていたが笑いのセンスもあり、家族にいつも笑いもあったからだ。
根拠のない自信なのかもしれない、でもそれがヒントになるのではないだろうか?
どんなに恵まれていない家族だって、時々笑いがあったり、家族がささやかなことを幸せだと感じられている・・・その環境を作るのも大人。家族がなくてもそんな居場所がある。
そしてそれをはたして幸せだとそう感じているのだろうか?
もしくは、この子は生まれつきの病的な癖のようなものを持っているのかもしれない、それを察してその子を救うことができるのも、家族、もしくは一番近くにいる大人たち以外にいないのではないかな。頑張ろう。

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